1988年3月18日午後7時40分頃、名古屋市中川区の閑静な住宅街に建つアパートの一室。仕事を終えて帰宅した夫が目にしたのは、日常が一瞬で崩壊する地獄絵図だった。玄関の鍵は開いており、部屋の明かりは消え、奥の居間から微かな赤ん坊の泣き声が響いていた。恐る恐る足を踏み入れた夫は、変わり果てた妻の姿を発見する。
両手を手持ちのビニール紐で後ろ手に縛られ、首にはコタツの電源コードが固く巻き付けられていた。さらに異様だったのは、妊娠38週目だった被害者の腹部が刃物で縦横に切り裂かれていたことだ。足元には、腹から引きずり出された男児がへその緒を切られた状態で泣きじゃくっていた。赤ん坊は太ももや膝などに刃物による傷を負っていたものの、緊急搬送先の病院で一命を取り留めた。奇跡的な生還であったが、母親の命は戻らなかった。
直ちに愛知県警察は特別捜査本部を設置し、延べ数万人に及ぶ捜査員を動員した大規模捜査を展開した。しかし、犯行の手口はあまりに異常で、現場周辺の目撃証言も乏しく、捜査は初動から深い霧に包まれることとなった。