この岩が単なる観光名所にとどまらないのは、背後に深い歴史と信仰の文脈が横たわっているからだ。江戸時代初期の寛永9年(1632年)、福岡藩二代藩主の黒田忠之によって創建された櫻井神社。その神領として、この二見ヶ浦は神聖視されてきた。
海中にそびえる男岩(高さ約11.8メートル)と女岩(高さ約11.2メートル)は、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の神霊を宿す御神体として崇められている。二つの岩を結ぶ大注連縄は長さ30メートル、重さ1トンを超え、毎年4月下旬から5月上旬の大潮の日に氏子たちの手で架け替えられる。荒波に揉まれながら締め直される縄には、五穀豊穣と縁結び、海上安全への祈りが込められている。
三重県の伊勢二見浦が「朝日の二見浦」と称されるのに対し、この地が「夕日の二見ヶ浦」と呼ばれる所以もここにある。太陽を送り出す西の聖地としての佇まいは、数百年の時を超えて今なお色褪せない。