中学時代からすでにその才能は群を抜いていた。全国の強豪私学から無数のスカウトが押し寄せる中、彼が選んだのは地元の岩手県立大船渡高校だった。「地元の仲間と一緒に甲子園に行きたい」。そのシンプルな動機が、のちに日本中を巻き込む大論争の引き金となる。
高校3年の春、U-18日本代表候補合宿でマークした「163キロ」という数字は、スカウトたちの目を釘付けにした。大谷翔平をも超えるポテンシャル。しかし、その細身の体は、まだ発展途上だった。骨の成長に筋肉が追いついていない。大船渡の國保陽平監督(当時)は、そのリスクを誰よりも敏感に察知していた。