かつて河川の洪水対策といえば、「堤防をより高く、頑丈にする」「川底を掘削して断面積を広げる」といった、河川区域内でのハード整備が主軸でした。しかし、毎年のように各地を襲う線状降水帯や観測史上最大雨量の更新を前に、従来の堤防頼みの治水は物理的・財政的な限界を迎えています。そこで国政・自治体の最前線で急速にシフトしているのが「流域治水(りゅういきちすい)」です。
流域治水とは、河川管理者(国や都道府県)だけでなく、流域内の企業、農家、住民、開発事業者などあらゆる関係者が協働し、集水域全体で雨水を一時的に受け止め、流出を遅らせる防災パラダイムです。なぜ今、行政が「流域」という枠組みを強調するのか。水害の被災現場を取材すると、住民の間に危険な認知バイアスが存在することが浮き彫りになります。
「うちは大きな川の堤防から2キロも離れているから大丈夫」「目の前の川は普段チョロチョロしか流れていない小川だから氾濫するはずがない」。浸水被害に遭った被災者から頻繁に聞かれる証言です。しかし、これこそが「流域面積」を理解していないことによる致命的な油断です。
たとえ目の前を流れる川がコンクリート護岸の小さな用水路や小河川であっても、その上流に広大な台地や山林が連なり、広大な流域面積を抱えていれば、集中豪雨の際には数千トンもの雨水が一瞬でその狭い流路に雪崩れ込みます。さらに近年の都市化により、かつて雨水を保水していた水田や森林がアスファルトや住宅地へ姿を変えた結果、雨水が地中に浸透せず、一気に川へ流出する「流出率の上昇」が起きています。流域面積と土地利用の変化をセットで捉えなければ、現代の真の浸水リスクは見えてこないのです。