高畑勲監督によるアニメ版と、野坂昭如氏による原作小説『火垂るの墓』では、おばさんの原作描写や二人の結末の描かれ方に微細ながら決定的なニュアンスの違いが存在します。
原作におけるおばさんは、アニメ以上に「当時の平均的な銃後の主婦」としてリアルかつ乾いた筆致で描かれています。母の形見の着物を米に変えた際も、原作では「これでしばらくは白いご飯が食べられる」と家族全員の生存を優先するプラグマティックな判断として進行します。
野坂昭如氏による原作結末では、清太は三ノ宮駅の構内で誰にも看取られることなく餓死し、その遺骨は名もなき戦災孤児たちと共に雑多に処理されます。親戚の家に戻ることも、おばさんと劇的な再会を果たすこともありません。原作が突きつけるのは、親戚の後悔といった情緒的な救済ではなく、「個人のプライドや感傷など容易に圧殺する戦争の無慈悲な現実」そのものでした。