終戦を迎えた日本は、極度の物資不足と貧困に見舞われた。しかし、軍足人形の技術は途絶えることなく、かえって家庭の中に深く根付いていくことになる。
戦後の昭和20年代から30年代にかけて、子供たちのための玩具を買う余裕のない家庭が多かった。母親たちは、夫や父親が仕事で履き古した作業用の靴下(戦後も「軍足」の呼称が定着していた)をきれいに洗い、傷んだ部分を避けて人形を作り直した。
「もったいない」という精神と、子供を喜ばせたいという親心が融合した民間の知恵である。軍足人形は、昭和の子供たちにとって最も身近な抱き人形であり、ごっこ遊びの主役だった。
当時の婦人雑誌や手芸本にも「古靴下の更生法」として軍足人形の作り方がたびたび掲載された。資源を無駄にせず、身近なものに新しい命を吹き込む循環型の暮らし。軍足人形は、日本の高度経済成長の影で家庭を支えた「暮らしのリサイクル文化」の象徴でもあったのだ。