なぜ私たちは、今でもこの二人の名前をセットで検索してしまうのだろうか。それは、あの騒動が「作られた台本」のない、完全なノンフィクションだったからだ。誰がどう見ても噛み合わない二人のやり取り、生放送でのハラハラ感。あれは、テレビがまだギリギリ持っていた「予定不調和の面白さ」の最後の輝きだったのかもしれない。
現在、コンプライアンスが厳格化されたメディアにおいて、あのような生々しい人間模様が電波に乗ることはまずない。だからこそ、人々はあの混沌とした時代を懐かしみ、彼らの「その後」を追いかけてしまうのだ。