矢尾定の歴史は明治10年、魚屋として始まりました。明治維新を経て急激な近代化が進む京都において、新鮮な魚介を仕入れ、目利きの手腕を磨くことからその歩みはスタートしています。
魚屋として培った厳しい眼光は、やがて料理そのものへと注がれることになりました。単に食材を売るだけでなく、それを最も美味しい状態に調理して届ける「仕出し」への参入は、京都の町衆のニーズに応えた必然の進化でした。
京都における「町衆(まちしゅう)」とは、自治と文化を担ってきた自立した市民層を指します。彼らは祝事や法要、集合の場において、上質な料理を自宅や寺院に届けてもらう習慣を持っていました。矢尾定はその期待に応え続け、今日まで暖簾を守り続けています。