定家が生きた時代は、承久の乱を経て朝廷の権力が失墜し、武士の世へと急速にシフトしていく激動の過渡期だった。彼の父である俊成の時代から続く、歌道を通じたアイデンティティの模索。それは、新興勢力である鎌倉幕府に対する、貴族としての最後のプライドの表明でもあった。
選ばれた歌を詳細に見ていくと、配流された天皇たちの歌が異様な存在感を放っていることに気づく。これは偶然ではない。定家は、歌という最も洗練された武器を使い、時の権力者たちへの無言の抵抗と、滅びゆく王朝への鎮魂歌を編み上げたのだ。そのメッセージは、800年の時を超えて今、私たちの元に届いた。