2011年3月11日の激震から間もない時期、福島県いわき市は深刻な危機に瀕していた。地震や津波の直接的な被害に加え、原発事故の影響による警戒から、多くの物流トラックが市内への立ち入りを拒否。スーパーや薬局の棚からは水や食料、紙おむつなどの生活必需品が完全に消え去り、避難所に身を寄せる市民の不安は限界に達していた。
その惨状をニュースで知った江頭2:50は、即座に動いた。自給自足のサバイバル知識ではなく、純粋な衝動だった。「今、現地に必要なのは言葉ではなく物資だ」。彼はカードローンや手持ちの資金を合わせ、自費で2トントラックをレンタル。会員制倉庫型スーパー「コストコ」へ向かうと、店内にあったペーパー類や飲料水、粉ミルク、生理用品などを大量に買い占めた。その額、数十万円。個人の買い物としては異例のスケールだった。
運転免許を持つ友人を巻き込み、自らも助手席やハンドルを交代しながら、物資を満載したトラックは関越道から東北方面へと走った。当時、ガソリンも極度の不足状態にあり、道中で給油できる保証すらない。それでも彼は、迷うことなく物資不足に苦しむ福島県いわき市の避難所を目指したのだ。