健全な郷土芸能であった野球拳が、なぜ日本全国で「脱衣ゲーム」として認知されるに至ったのか。その決定的な契機となったのが、1969年(昭和44年)に日本テレビ系列で放送が開始された伝説のバラエティ番組『コント55号の裏番組をぶっとばせ!』です。
当時、日曜夜8時の時間帯はNHK大河ドラマやTBSの『プレジデント』など硬派な人気番組がひしめいていました。これに対抗すべく、萩本欽一氏と坂上二郎氏のコンビ「コント55号」を起用した同番組が目玉コーナーとして打ち出したのが、「ゲストや一般出場者がじゃんけんに負けるたびに服を脱ぐ」という過激なアレンジ版野球拳でした。
テンポの良いブラスバンドのリズムに乗せて繰り広げられるこの企画は、最高視聴率30%超を記録する爆発的ヒットとなり、日本全国の子供から大人までが真似をする社会現象となりました。しかしその一方で、PTAや教育関係者からの猛烈な抗議が殺到し、番組はわずか1年余りで終了に追い込まれます。
番組終了後も、民放各局のバラエティやお座敷遊び、アーケードゲームなどに「脱衣野球拳」のフォーマットが定着してしまい、愛媛県松山市が誇る伝統芸能の看板は、全国的な「エロティシズムの記号」へと上書きされてしまうという大きな代償を払うことになりました。