インド大反乱の全貌|弾薬包の疑惑から東インド会社解散と帝国の終焉

インド大反乱の全貌|弾薬包の疑惑から東インド会社解散と帝国の終焉

インド大反乱の全貌|弾薬包の疑惑から東インド会社解散と帝国の終焉の要点を分かりやすくまとめてご紹介します。

大反乱の勃発メカニズムを紐解く際、単一の偶発的事件だけで片付けることはできません。当時、イギリス東インド会社はインド各地の藩王国を強引に併合する「失権の原則(後継ぎのない藩王国の領地を没収する制度)」を推し進め、高率な地税徴収によって農村経済を疲弊させていました。さらに、イギリス製機械織り綿布の大量流入により、伝統的なインドの綿織物産業は壊滅的な打撃を受け、社会のあらゆる階層に不満と怒りが充満していたのです。

その鬱屈したマグマに火をつけた直接的な導火線が、1853年に採用された最新式兵器「エンフィールド銃」の弾薬包でした。当時の銃弾薬包は防湿のために油脂が塗られており、装填時には兵士が紙包みの先端を「口で噛みちぎる」操作を求められました。ここで軍内に「弾薬包の脂には牛脂(ヒンドゥー教の神聖な動物)と豚脂(イスラーム教の不浄な動物)が使われている」という情報が一気に拡散します。

イギリス側が改宗を強制するために仕組んだ陰謀ではないかという疑念は、兵士たちの信仰心と誇りを直撃しました。そして1857年5月10日、デリー北東の軍事拠点である勃発地メーラトにおいて、弾薬包の受領を拒否して重労働刑に処された仲間を救出すべく、駐留部隊が武装蜂起を決行。これが瞬く間に燎原の火のごとく北インド全域へと波及していきました。

林 結菜
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林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。