志村けんさんに関する「隠し子疑惑」が語られる際、必ず引き合いに出されるのが、彼自身が著書『変なおじさん』で赤裸々に告白した若き日の恋だ。ブレイク前、まだザ・ドリフターズの付き人として下積みに喘いでいた20代前半の頃、同棲していた女性との間に子どもを授かった過去があった。
当時の志村さんは経済的にも困窮しており、芸人として芽が出るかどうかも分からない極限状態だった。双方の親族による猛烈な反対を受け、苦渋の決断として二人は別々の道を歩むことになる。後に志村さんは、その女性が出産したのかどうかすら確認できなかった胸中を、悔恨とともに振り返っている。この告白こそが、後年まことしやかに囁かれた「隠し子騒動」の原点である。
晩年、夜の街での交流や週刊誌の憶測記事によって「実は隠し子がいるのではないか」という噂が何度も再燃したが、法的に認知された子どもや、遺産分割協議の場に現れた実子は一人も存在しなかった。自伝で語られた若き日の痛みは、生涯消えることのない十字架として彼の胸に刻まれていたに違いない。