Hey! Say! Jumpメンバーカラー完全版!変更の歴史と由来を解説

Hey! Say! Jumpメンバーカラー完全版!変更の歴史と由来を解説

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熱心なファンの間では広く知られていますが、Hey! Say! JUMPのメンバーカラーは結成当時から現在のように固定されていたわけではありません。デビュー曲『Ultra Music Power』(2007年)のリリース時、グループの立ち位置や衣装カラーは現在と大きく異なっていました。

当時、中心メンバーとして猛烈なプッシュを受けていたのは中島裕翔でした。デビューシングルのジャケット写真や音楽番組の立ち位置において、中島裕翔はセンターポジションを務め、情熱的な主役カラーである「赤」を身に纏うケースが通例でした。一方の山田涼介は、当時はバックダンサー上がりのポジションから急激に頭角を現していた時期であり、水色や青系統の衣装をあてがわれていました。

状況が大きく転換したのは、2008年から2009年にかけての時期です。日本テレビ系ドラマ『スクラップ・ティーチャー〜教師再生〜』や数々のバラエティ番組、楽曲パフォーマンスを通じて山田涼介の人気が爆発的に急上昇。プロデューサー陣の意向やグループ全体の戦略的再構築に伴い、山田涼介が「絶対的エース」として中央に立つ機会が増加しました。

このセンター交代劇は、中島裕翔本人にとっても思春期における大きな葛藤の時期であったことが、後の各種ロングインタビューやドキュメンタリー番組でも語られています。「当時は山田に対して複雑な感情を抱いたこともあった」と率直に振り返る中島裕翔ですが、ドラム演奏への傾倒やモデル業・俳優業への進出を通じて自身のアイデンティティを確立。その結果、彼の持つ圧倒的なスタイルと爽快感、クリーンな魅力を引き立てる色として水色へと自然にシフトしていきました。

また、大人数グループであったことから、初期のコンサートでは衣装ごとに配色が変わる「衣装カラー」と「公式メンバーカラー」の境界が曖昧な時代が続きました。しかし、2012年の『Hey! Say! JUMP 5th Anniversary』前後から公式グッズやペンライトの仕様が厳格化され、現在の配色へと完全に統一されました。

加藤 愛美
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加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。