黒羽刑務所の名を全国的に知らしめた要因のひとつが、過去に収容された有名人・著名人の存在です。なかでも元タレントの田代まさし氏が服役していた事実は広く知られており、同氏が出所後に出版した自著『自転』や各種メディアでの告白は、閉ざされた施設内部のリアルを生々しく伝える貴重な一次情報となっています。
黒羽刑務所の収容区分は、主に「B級(犯罪傾向が進んでいる者=再犯者)」および一部の短期・中期の受刑者を対象としていました。初犯者が集まる「A級施設」とは異なり、規律違反や所内トラブルに対する締め付けは極めて厳格でした。
田代氏の手記や関係者の証言によると、那須山麓の吹き下ろしを受ける冬場の冷え込みは苛烈を極め、暖房が制限された単独室や共同室での生活は想像を絶する厳しさだったと語られています。懲役刑の根幹をなす「刑務作業」においては、木工、金属、印刷、洋裁に加え、広大な敷地を活かした農業作業などが割り当てられていました。有名人だからといって特別扱いされることは一切なく、一受刑者として番号で呼ばれ、厳格な点呼と秒単位で管理された日課に従う日々が課されていたことが記録されています。