フジ・メディア・ホールディングスの元会長として長年君臨した日枝久氏の影響力と経歴は、まさに日本のテレビ史そのものである。1961年の入社以来、編成局長、社長、会長、相談役と階段を駆け上がり、グループの「絶対的フィクサー」として半世紀近くにわたり影響力を保持し続けた。黄金期を築き上げたカリスマ性の一方で、長年の政権維持が結果として世代交代の遅れや組織の硬直化を招いたとの指摘も絶えない。
業界内で語り継がれる独占裏話の一つに、彼が社内の人事や重要な番組改編において見せた「鋭い審美眼と即断力」がある。ヒット作を手掛けたプロデューサーであっても、時代の風が去ったと見なせば即座に配置転換を命じる厳しさがあった。一方で、一度信頼を寄せたクリエイターには制作費や現場の裁量を惜しみなく与え、自由に羽ばたかせた。こうした強烈なアメとムチの使い分けこそが、フジテレビの黄金時代を支えた経営手腕の真髄であった。