2005年3月には長男である章胤さんを出産し、順風満帆に見えた結婚生活でしたが、2009年4月に約5年間の婚姻生活に終止符が打たれました。
離婚の理由として、当時は「お互いの将来に対する考え方の相違」とシンプルに発表されましたが、その背景にはトップモデルとして生きる冨永さんと、一人の職人である夫との間で生じた複雑なすれ違いがありました。後に彼女自身が自叙伝『愛なんて 大っ嫌い』などで明かした告白によると、産後も世界中を飛び回る多忙な日々の中で、夫婦間のパワーバランスや生活リズムの不一致が徐々に広がっていったとされています。
冨永さんの圧倒的な知名度や国際的な成功に対し、夫側が抱いたプライドやプレッシャー、さらには妻を家庭に留めたいという思いと、自立して表現者であり続けたい冨永さんの想いが激しく衝突することもあったようです。愛し合って結ばれた二人であっても、過酷なエンターテインメントの第一線で走り続ける現実との両立は容易ではなく、互いの尊厳を守るための苦渋の決断が離婚という選択でした。