それでは、なぜここまでの規模で顕在化することになったのか。現場の精神科医や臨床心理士への取材、ならびに学会の報告書を精査すると、急増をもたらした決定的な要因として「診断基準の改定」「スクリーニング技術の進化」「社会的な認知度の向上」という3つの構造的変化が浮かび上がってきます。
1. 診断基準の改定|DSM-5がもたらした「スペクトラム」の概念
医学界における最大の転換点は、米国精神医学会が定めた診断基準『DSM-5』(2013年刊行)への改定です。従来の『DSM-IV』では、自閉症、アスペルガー症候群、特定不能の広汎性発達障害といった形で明確に区分されていましたが、DSM-5からはこれらをひと続きのグラデーションとして捉える「自閉スペクトラム症(ASD)」へと統合されました。
さらに大きかったのが、「ASDとADHD(注意欠如・多動症)の重複診断」が公式に認められた点です。それまでは「自閉症の特徴があればADHDとは診断しない」という除外規定が存在したため、両方の特性を持ちながらも診断から漏れていた人々が、一挙に診断の対象となりました。これにより、グレーゾーンと呼ばれていた境界線上の人々や、知的に遅れのない軽度の特性を持つ層が広く診断名を持つことになったのです。
2. 早期発見スクリーニング網の全国的な浸透
かつての発達障害診断は、明らかな知的障害や重度の言葉の遅れを伴うケースが中心でした。しかし2005年の「発達障害者支援法」施行以降、全国の自治体で実施される1歳半健診や3歳児健診におけるスクリーニング機能が飛躍的に高度化しました。
視線が合いにくい、呼んでも振り向かない、落ち着きがないといった初期の行動サインを保健師や小児科医が見逃さず、早期療育へとつなぐルートが確立されたのです。早期発見・早期介入の重要性が叫ばれるなかで、就学前に支援計画が立てられるケースが増えたことも、児童生徒の登録数増加に直結しています。
3. メディア報道とSNS普及による認知度向上
2010年代以降、テレビの特集番組や大手ポータルニュース、書籍などを通じて発達障害に関する特集が爆発的に増加しました。さらに、当事者自身がX(旧Twitter)やYouTube、ブログなどのSNSで日常の困りごとや特性を赤裸々に発信し始めたことで、「自分の生きづらさの正体はこれではないか」と思い至る市民が激増しました。
かつては精神科や心療内科を受診すること自体に強い社会的スティグマ(偏見)がありましたが、現在では「適切なサポートを受けるための自己理解」というポジティブな文脈で捉えられるようになっています。受診への心理的ハードルが下がったことが、潜在化していた当事者を医療の窓口へと向かわせたのです。