二十歳の原点とシアンクレール|高野悦子が愛した名曲喫茶の現在と跡地

二十歳の原点とシアンクレール|高野悦子が愛した名曲喫茶の現在と跡地

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シアンクレール(Chien Clair)という詩的な店名は、フランス語で「明るい犬」「白い犬」を意味しています。店主(マスター)を務めていたのは、当時京都の文化人や学生たちから深く敬愛されていた女性・桂木寛子氏です。桂木氏の細やかな美意識は、調度品の選定から店内で流すクラシックレコードの選曲、さらには白い犬のシルエットをあしらった瀟洒なマッチ箱のデザインに至るまで徹底されていました。

1960年代から1970年代にかけて、京都には「名曲喫茶」「純喫茶」が数多く存在し、レコードが高価だった時代に良質な音楽を聴かせるサロンとして学生たちの知的好奇心を支えていました。シアンクレールもそうした名店の一角でしたが、1980年代に入ると時代の波が大きく押し寄せます。オーディオ機器の低価格化やCDの普及、さらに1981年の立命館大学広小路キャンパスから衣笠キャンパスへの完全統合移転によって、荒神口を行き交う学生の絶対数が激減しました。

そして1980年代後半(1988年前後)、シアンクレールは常連客や全国の『二十歳の原点』読者に惜しまれながら、静かにその歴史に幕を下ろしました。閉店の主たる理由は、入居していた建物の著しい老朽化、店主の高齢化、そして学生街としての役割の変化による経営環境の変容でした。昭和の終わりとともに、激動の学園闘争と青春の苦悩を優しく包み込んだ名曲喫茶は、伝説の彼方へと去っていったのです。

橋本 菜々子
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橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。