台湾の高級ナイトクラブで歌姫として活躍していた欧陽菲菲は、日本のレコード会社関係者にスカウトされ、1971年9月に「雨の御堂筋」で日本デビューを果たしました。アメリカのロックバンド「ザ・ベンチャーズ」が作曲を手掛けた同曲は、オリコンチャートで9週連続1位を記録し、100万枚を超える大ヒットとなりました。
異国情緒あふれるルックスと情熱的なボーカルスタイルは瞬く間に日本中を席巻し、同年の「第13回日本レコード大賞」で外国人歌手として初となる新人賞を受賞。翌年にはセカンドシングル「雨のエアポート」も大ヒットを記録しました。
勢いは止まらず、1972年には『第23回NHK紅白歌合戦』に初出場を達成。外国人ソロ歌手の単独出場は紅白史上初の快挙であり、日本の歌謡界における歴史的なパイオニアとしてその名を刻みました。若い頃の圧倒的なエネルギーと洗練されたステージングは、昭和の歌謡史における象徴的なハイライトとして語り継がれています。