しかし、当時の交際は決して手放しで祝福されるものではありませんでした。沢田研二は1975年に「ザ・ピーナッツ」の伊藤エミと結婚しており、すでに家庭を持っていたからです。そのため、メディアは2人の関係を「略奪愛」とセンセーショナルに報じ、連日ワイドショーを賑わせる騒動へと発展しました。
沢田研二は自身の行動に責任を持つため、1987年に伊藤エミとの離婚に合意。その際、沢田研二が支払った慰謝料や財産分与の総額は約18億1800万円にのぼると報じられました。これは当時の芸能界史上最高額規模であり、自宅不動産や預貯金のほとんどを手放す形での決着でした。
身一つとなって誠意を示した沢田研二と、批判の嵐のなかでも沈黙を守り続けた田中裕子。周囲からの激しいバッシングを耐え抜いた末、2人は1989年11月に出雲大社で挙式を行いました。すべてを失ってでも一緒になる道を選んだことこそが、2人が生涯の伴侶となることを決めた最大の理由でした。