多くのファンが淡い期待を寄せる「親子共演」だが、その可能性は極めて低いと見ていいだろう。なぜなら、彼ら自身がそれを望んでいないからだ。商業的な話題作りのために親子という関係性を利用することは、徳永英明の美学にも反する。
もし仮にコラボレーションが実現するとしても、それはクレジットに名前が載らないような、純粋なクリエイティブの現場でのみ行われるはずだ。例えば、息子の制作する映像作品に、父親が匿名で楽曲を提供するような、知的な遊び心に満ちた形だ。表立ったメディア露出を期待する世間を心地よく裏切るような、そんな関係性こそが彼ららしい。