1990年、稲川会の三代目会長に就任した当時、日本社会はバブル景気の頂点から暗転へと向かうターニングポイントにあった。前年に結成された新体制の下、組員数万人を誇る巨大組織の舵取りを託された男を待ち受けていたのは、国家権力による本格的な包囲網の形成だった。
1992年に施行された暴力団対策法は、それまで「民事不介入」の原則に守られていたヤクザの資金源をダイレクトに打撃した。従来の恐喝や賭博といった地道なシノギは急速に封じられ、組織は合法と非合法の境界線を漂う高度なマネーゲームへと傾斜していく。金融業者との不透明な提携、未公開株のインサイダー取引、さらには地上げを巡る裏取引――。こうした「ホワイトカラー化」を裏で牽引したのが、まさに三代目の時代であった。