相撲協会の歴史において、最も激動の時代を乗り越えたリーダーとして記憶されるのが、第11代および再登板を果たした北の湖理事長(元横綱・北の湖敏満)です。
昭和の大横綱として土俵に君臨した北の湖親方は、2002年に48歳の若さで第11代理事長に就任しました。しかし、平成中期は相撲界にとって未曾有の冬の時代でした。時津風部屋での力士暴行死事件、力士の大麻問題、さらには野球賭博問題や八百長問題が相次いで噴出し、協会の存続そのものが危ぶまれる事態に追い込まれました。北の湖理事長自身も2008年に一度、監督責任を取って辞任を余儀なくされています。
この危機を救ったのが、2010年に第13代理事長に就任した放駒親方(元大関・魁傑)でした。放駒理事長は現役時代から「クリーン魁傑」と称された高潔な人柄で知られ、八百長問題に対して徹底的な内部調査と重い処分を断行。協会の膿を出し切る決死の対応を見せました。
そして2012年、事態が沈静化したタイミングで北の湖親方が異例の再登板を果たします。北の湖理事長は、失われた信頼を取り戻すため、国の新法人制度に基づく「公益財団法人」への移行手続きを強力に牽引しました。厳格なガバナンス基準を満たすため、外部理事の受け入れ枠を拡大し、伝統の殻に閉じこもっていた協会をオープンな組織へと脱皮させました。2015年11月、九州場所の開催中に62歳で急逝するまで土俵を守り抜いたその姿勢は、今なお角界で深く敬敬されています。