晩年の大田南畝は、文人墨客としての名声がさらに高まり、揮毫を求める人々が列をなしました。彼が残した名言や辞世の句には、人生の酸いも甘いも噛み分けた達観の境地が表れています。
現在、ネット上や一般の解説記事において、大田南畝の辞世の句として以下の歌が頻繁に引用されます。
「今までは 人のことだと 思ひしに 今度は我の 死ぬるなりとは」
※俗に大田南畝の辞世とされる有名な狂歌
しかし、近年の歴史考証や国文学の研究データによると、この歌は古くからの伝承歌や他者の作とも混同されており、南畝唯一の辞世と断定するには慎重な議論が必要です。彼が臨終に際して真に伝えたかったのは、死の恐怖を諧謔(ユーモア)で包み隠し、最後まで自分を客観視し続ける態度でした。
もうひとつ、彼が残した有名な言葉に次の句があります。
「生き甲斐の ある世の中を 死ぬるかな 骨折り損の くたびれ儲け」
一見すると人生の無常を嘆く諦観のように聞こえますが、実態は正反対です。貧しい御家人から身を起こし、天明の狂乱を駆け抜け、寛政の弾圧をかわし、長崎の地で国防の最前線に立ち、江戸幕府の勘定組頭まで勤め上げた。その全力疾走の人生を「ああ、くたびれた。実によく働いた」と笑い飛ばして見せたのです。自己の重荷をユーモアに昇華させるこの姿勢こそ、蜀山人が後世に遺した最大の美学といえます。