大久野島うさぎ激減の噂は本当か?現在の生息数と渡航マナーの全貌

大久野島うさぎ激減の噂は本当か?現在の生息数と渡航マナーの全貌

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大久野島を訪れる上で決して見落としてはならないのが、この島が背負う重厚な歴史です。愛らしいうさぎたちに目を奪われがちですが、大久野島はかつて旧日本軍の秘密化学兵器工場が置かれ、最高機密として陸地測量部の地図から完全に消されていた「毒ガス島」でした。

1929年から終戦に至るまで、島内ではイペリットやルイサイトなどの毒ガスが製造され、多くの工員が被毒による後遺症に苦しみました。島内に残る重油火薬庫跡、発電所跡、砲台跡などの巨大なコンクリート遺構は、今なお当時の生々しい傷跡を留めています。「大久野島毒ガス資料館」では、加害と被害の双方に焦点を当てた貴重な史料が展示されており、平和学習の拠点として年間を通じて多くの教育旅行生が訪れています。

現在島に生息するうさぎについて、「戦時中の実験台にされたうさぎの生き残りではないか」という俗説を耳にすることがありますが、これは明確な誤りです。戦時中に実験動物として持ち込まれたうさぎは、終戦直後に連合国軍による施設解体・無毒化処理の過程で全頭が殺処分されています。現在のうさぎのルーツは、1971年に地元の小学校で飼育困難となった8羽が放鳥(放獣)され、天敵が極めて少ない島内で自然繁殖を繰り返したことに由来します。

戦争の爪痕を残す静かな廃墟群の陰から、人懐っこいうさぎたちが飛び出してくる――この特異なコントラストこそが大久野島の唯一無二のアイデンティティであり、単なるふれあい動物園とは一線を画す厳粛さを漂わせています。

井上 凛
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井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。