地元の水沢リトルリーグから中学のシニアチームを経て、大谷は地元の名門・花巻東高等学校へと進学する。ここで恩師・佐々木洋監督と出会ったことで、彼の才能はさらに覚醒の時を迎える。
高校時代に導入されたのが、今や世界中で知られる「マンダラチャート(目標達成シート)」だ。大谷は中心に「8球団からのドラフト1位指名」を掲げ、それを達成するために必要な要素を細かくブレイクダウンした。「運」や「人間性」といった項目を立て、ゴミ拾いや道具を大切に扱う行動まで具体化したエピソードは有名だ。
投手と打者の双方で頂点を目指す「二刀流」の構想も、この高校時代に確固たるものとなった。常識にとらわれない指導陣の熱意と、大谷自身の妥協なき探究心が合致し、メジャーリーグベースボールを揺るがす怪物打者の土台が完成したのだ。