古川周賢氏の思索における真骨頂は、東洋の「十牛図(じゅうぎゅうず)」と西洋哲学のメタファーを自在に交差させる点にある。十牛図とは、悟りに至る道筋を「牛を探す男」の物語として10枚の絵と詩で表した禅のテキストである。
- 尋牛(じんぎゅう): 本当の自分(牛)を見失い、探そうと志す段階
- 見跡(けんせき): 足跡を見つけ、探求の手がかりを得る段階
- 見牛(けんぎゅう): ついに牛の姿を遠くに捉える段階
- 得牛(とくぎゅう): 野生的な牛を捕まえ、繋ぎとめる段階
- 牧牛(ぼくぎゅう): 牛をなづけ、調教する段階
- 騎牛帰家(きぎゅうきか): 牛の背に乗り、我が家へと帰る段階
- 忘牛存人(ぼうぎゅうそんじん): 自宅に着き、もはや牛の存在を忘れる段階
- 人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう): 主体(人)も客体(牛)も消え去り、完全な空(くう)となる段階
- 返本還源(へんぽんかんげん): ありのままの自然の姿に戻る段階
- 入鄽垂手(にってんすいしゅ): 酒屋や魚屋の広場へ出向き、人々を救済する段階
自己探求のロードマップとしての十牛図
古川氏は、この古の図像を「自己実現やリーダーシップの究極のロードマップ」として読み解く。自分とは何かを問い直し(尋牛)、厳しい自己訓練を経て(牧牛)、すべての執着を手放した(人牛倶忘)後、最終的には再び混乱に満ちた俗世間へと戻り、他者のために手を差し伸べる(入鄽垂手)。
このプロセスは、フッサールの現象学やハイデガーの実存哲学、あるいはカントの批判哲学とも深く共鳴する。古川氏は東洋と西洋の知を等身大の言葉で対話させ、現代人が自己を見失わずに生きるための羅針盤を提示している。