森田童子という存在を語る上で欠かせないのが、トレードマークである黒いサングラスと深いカーリーヘアだ。ライブハウスや劇場のステージでも、彼女が素顔を見せることは一度もなかった。本名や生年月日すら公式には伏せられ、徹底した匿名性が貫かれた。
なぜ彼女は素顔を隠し続けたのか。当時の関係者の証言や残されたインタビューによれば、それは単なる演出ではなかった。1970年代初頭の挫折した学生運動の影、失われた青春の傷痕、そして親しい友人の死。彼女にとって歌うことは自らの内なる傷を癒やす作業であり、個人の素顔を晒すことよりも、作品に込められた世界観そのものを提示することが何より重要だったのだ。
1983年、全国のプレイハウスを巡るツアーを最後に、彼女は突然音楽活動を休止する。理由を多く語ることなくマイクを置いた潔さは、彼女の生み出した音楽の孤高さをいっそう引き立てることとなった。