僧帽弁閉鎖不全症において、患者や家族が最も頭を悩ませるのが「いつ手術を受けるべきか」という治療介入のタイミングです。日本循環器学会および日本胸部外科学会のガイドラインでは、心エコー検査による逆流の重症度(Severe判定)に加え、左心室の拡大度合いや心機能(駆出率:EF値)を厳格に数値化して適応を判断します。
臨床現場において長年信じられてきた「息切れや動悸などの自覚症状が出てから手術を考えればよい」という考え方は、現在では明確に否定されつつあります。心臓は非常に我慢強い臓器であり、逆流が生じていても自らを拡大させながら長期間にわたって血液を送り続けます。しかし、自覚症状がはっきりと現れた段階では、心筋の細胞が線維化を起こし、すでに元に戻らないダメージ(不可逆的な心機能低下)を負っているケースが少なくありません。
決定的な判断基準となるのは以下の3点です。
- 自覚症状の有無にかかわらず「重症逆流」かつ「左室拡大(左室収縮末期径40mm以上)」が認められる場合
- 左室駆出率(LVEF)が60%以下に低下し始めている場合
- 安静時または運動負荷時に肺高血圧(肺動脈収縮期圧50mmHg以上)や心房細動を合併している場合
特に弁の形態が修復可能(弁形成術が適用可能)であれば、無症状の段階であっても経験豊富な施設で早期に手術を行うことで、術後の心不全再発率や遠隔期の死亡率を有意に抑制できることが大規模な臨床追跡調査で立証されています。「まだ動けるから」と経過観察を漫然と引き延ばすことこそが、将来の健康寿命を損なう最大の盲点といえます。