このオマージュが単なる表層的な真似事で終わらなかった理由は、リーダーたちのクリエイティブに対する姿勢の酷似にある。ザ・ドリフターズのリーダー・いかりや長介は、一切の妥協を許さない徹底的なリハーサルとミリ単位のタイミング調整でコントを作り上げた。ドリフの笑いは偶然の産物ではなく、冷徹なまでの計算から生まれていたのだ。
この狂気にも似た完璧主義は、山口一郎の楽曲制作へのアプローチと完全に重なり合う。一音の配置、ベースラインのうねり、ミックスのディテールに何か月も没頭し、極限までポップネスを研ぎ澄ます山口のスタンスは、まさにいかりやが指揮棒を振っていた現場の空気感そのものだ。泥臭い努力を観客には決して悟らせず、軽やかな極上のエンターテインメントとして差し出す。昭和と令和を代表する二人の表現者は、時代を超えて同じ職人魂を共有していた。