1968年、ふたりはわずか5年余りの結婚生活にピリオドを打った。世間を驚かせた離婚劇の裏には、愛憎だけでは片付けられない残酷な現実があった。夫の連帯保証人として島倉の肩にのしかかった借金は、当時の金額で数千万円、現在の貨幣価値に換算すれば数十億円規模にも及ぶ莫大なものだった。
離婚後、藤本は表舞台から姿を消し、島倉はすべての負債を一手に引き受ける覚悟を決める。「夫を恨むことはしない」。そう周囲に漏らしながらも、彼女は血を吐くようなスケジュールで全国を巡業し、返済のために歌い続けた。愛した男の失脚と裏切り、そして残された途方もない借金。昭和の歌姫が背負った十字架は、あまりにも重く冷たかった。