大学卒業後、佳子夫人は大手化学メーカーの昭和電工に就職し、社会人としてのキャリアを歩み始めていた。当時の政界関係者の妻としては珍しく、民間企業で社会の現実に触れた経験は、彼女のバランス感覚を養う大きな糧となった。
石破氏が銀行員を辞め、自由民主党からの出馬を決意した際、彼女はその挑戦を迷わず支持した。若き政治家の妻として飛び込んだ地盤・鳥取県では、縁もゆかりもない土地でありながら、持ち前の明るさと飾らない人柄ですぐに地元住民の心を開いていった。自ら軽自動車を運転し、山あいの集落まで足を運ぶ地道な草の根運動は、いまや地元の名物風景として語り継がれている。