桐谷広人氏の原点は、昭和の将棋界を彩った偉大な天才・升田幸三実力制第四代名人の門下にあります。1968年に奨励会へ入会した桐谷氏は、熾烈な競争を勝ち抜いて1975年に25歳で四段へ昇段し、晴れてプロ棋士の仲間入りを果たしました。
現役時代の棋風は、粘り強い受けを軸にした持久戦を得意とし、特に「風車(かざぐるま)」や「中飛車」を駆使して相手の攻め手を根気強く受け止めるスタイルで知られていました。対局相手が攻めあぐねて根負けするまでじっくりと耐え忍ぶ棋風は、のちに暴落相場で含み損に耐え抜く強靭なメンタリティの素地を作ったとも評されています。公式戦通算成績は405勝483敗を記録し、2000年には将棋七段へ昇段。順位戦や各種棋戦で第一線のプロとして30年以上にわたり盤上の戦いを繰り広げました。
転機が訪れたのは1984年、30代半ばの時期でした。東京証券協会の将棋部へ指導対局に赴いた際、証券会社幹部から「将棋の戦術眼は株式投資に通じる」と勧められたことで株の取引を開始。昼は将棋の研究と対局に打ち込み、空いた時間で企業業績やチャートを徹底分析する二重生活が始まりました。勝負勘と驚異的な記憶力を武器に、バブル期には資産を大きく増やすことに成功したのです。