太田房江氏の経歴を語る上で欠かせないのが、徹底した実務派官僚としてのバックボーンです。公私にわたる基本プロフィールを整理すると、戦後日本の女性キャリア形成における開拓者としての横顔が浮き彫りになります。
太田氏は広島県呉市に生まれ、愛知県立時習館高校を経て1975年に東京大学経済学部を卒業しました。同年、女性の総合職採用が極めて限定的だった時代に通商産業省(現・経済産業省)へ入省します。同期や諸先輩が男性一色という霞が関の環境下で、産業政策局企業行動課や大臣官房広報課などを歴任し、政策形成の最前線で実績を重ねました。
1997年には岡山県副知事に抜擢され、地方自治の現場実務を経験。1999年には通商産業大臣官房審議官に就任しました。本名は齊藤房江(さいとう ふさえ)ですが、官僚時代から一貫して旧姓である「太田」を通称として使用しています。仕事場での厳格な実務処理能力とは対照的に、地元支援者からは「ふぅちゃん」の愛称で親しまれ、親しみやすい関西弁の語り口も広く知られています。