プロデューサーである小室哲哉がこの楽曲を生み出した背景には、過密な制作スケジュールの中で研ぎ澄まされた直感があった。1990年代半ば、時代の寵児として多忙を極めていた彼は、単に踊れるクラブサウンドをつくることだけを目指してはいなかった。都市生活者が抱える孤独感、あるいは過ぎ去った恋への割り切れない情念。そうしたエモーショナルな要素を、最先端のシンセサイザーワークに落とし込もうと試みたのだ。
スタジオでの作業は深夜から明け方に及んだ。トラックの骨組みをつくり上げる際、あえてテンポ感を微妙にコントロールし、聴き手の胸騒ぎを誘う独特のリズムのタメを作り出した。シンセの音色ひとつにも妥協を許さず、幾重にも重ねられたレイヤーが切ないメロディラインを補強している。「単なる思い出の曲」に終わらせないための実験的なアプローチ。これこそが、幾多のヒット作の中でも異彩を放つ理由である。