市川亀治郎のバックボーンを理解する上で欠かせないのが、名門「澤瀉屋」の特異な歴史と複雑な血縁関係です。歌舞伎界の異端児と呼ばれ、宙乗りやケレン味あふれる演出で一世を風靡した三代目市川猿之助(後の二代目市川猿翁)を伯父に持ち、父は名脇役として舞台を支え続けた四代目市川段四郎というサラブレッドの家柄に生まれました。
1980年、4歳で初代市川亀治郎を名乗り初舞台。慶應義塾大学文学部国文学科を卒業したインテリジェンスと、妥協を許さない徹底的な古典の稽古によって、早くから若手屈指の実力派として頭角を現しました。一門の直系として古典歌舞伎の真髄を叩き込まれる一方で、伯父が切り拓いた革新的なエンターテインメント精神を誰よりも色濃く受け継いでいたのです。
特筆すべきは、従兄である香川照之(市川中車)との数奇な関係です。父・三代目猿之助と母・浜木綿子の離婚によって歌舞伎界から遠ざかっていた香川照之が、40代半ばにして九代目市川中車を襲名し梨園入りを果たした際、その橋渡し役となり全力で支えたのが亀治郎でした。
「血のつながりがある兄と共に、澤瀉屋の暖簾を未来へつなぐ」――2012年の四代目猿之助襲名披露会見で彼が見せた晴れやかな表情は、分裂の危機にあった一門の完全融和を象徴する歴史的瞬間として、多くのファンの胸に刻まれました。