フランス啓蒙思想を代表する思想家シャルル・ド・モンテスキュー(Charles-Louis de Montesquieu, 1689–1755)が、20年の歳月を費やして1748年に匿名出版した大著が『法の精神』(De l'esprit des lois)です。彼がこの著作で権力の集中を徹底的に危険視した背景には、当時のフランス絶対王政下で起きていた深刻な人権侵害と社会の疲弊がありました。
ルイ14世による「朕は国家なり」に象徴される専制統治のもとでは、国王の気まぐれ一つで市民が投獄され、財産が没収される事態が日常茶飯事でした。モンテスキュー自身、貴族階級の出身でありながらボルドー高等法院(地方裁判所)の副院長を務め、刑事裁判や司法行政の実務に深く携わった法律家です。法服貴族として法廷の暗部を直接見つめてきた経験から、彼は人間という存在の抗えない習性に強い確信を抱くに至ります。『法の精神』第11編第6章において、彼は次のような極めて鋭い人間観察の言葉を残しています。
「権力を持つ者はすべて、それを濫用する傾向がある。限界に達するまで濫用し続けるのが、人間の尽きることのない本性である。権力の濫用を防ぐためには、事物の性質上、『権力をもって権力を抑止する』仕組みを整えなければならない」
モンテスキューが導き出した権力分立の目的は、国家機構の効率化などではなく、どこまでも「市民の政治的自由を保障すること」にありました。立法権と行政権が同一人物や同一機関に握られれば暴虐な法が制定・執行され、さらに司法権が立法権や行政権と結合すれば、裁判官が立法者や抑圧者となって市民の命運を思うがままに支配してしまう。この権力集中の恐怖を根源から断ち切るために、国家の諸機能を切り離す「三権分立の理由」が組み立てられました。