比喩表現としての尻尾切りが「卑劣な保身」とみなされるのに対し、生物としてのトカゲが行う自切(Autotomy)は、数億年の進化がもたらした驚異の生存戦略です。
トカゲの尻尾が切れる理由は、鳥類やヘビなどの捕食者に捕らえられた際、自ら尾を切り離して囮(おとり)にするためです。切り離された尻尾は神経反射によって数分から十数分間にわたり激しく痙攣・跳躍し、外敵の視線を釘付けにします。
この仕組みは、力任せに引きちぎられているわけではありません。トカゲの尾椎(尻尾の骨)には、あらかじめ「脱離節(だつりせつ)」と呼ばれる脆弱な割れ目(破断プレート)が規則正しく並んでいます。外敵に掴まれるなどの物理的刺激や強い危機を察知すると、トカゲは尾の特殊な筋肉を急激に収縮させ、この節目から意図的に骨と皮膚を破断させます。
さらに驚くべきは止血のシステムです。自切面にある血管周辺の括約筋が瞬時に収縮してバルブを閉じるため、出血はごく微量で済みます。神経伝達も遮断される構造となっているため、人間が指を切断されるような激痛が長時間続くわけではありません。とはいえ、トカゲにとっては生命維持の極限状態で行う緊急避難措置であることに変わりはありません。